2012年6月28日

スーパーチューズデー ~正義を売った日~

『スーパーチューズデー ~正義を売った日~』を観てきました。ジョージ・クルーニーが監督・脚本(共同)・出演をやってる話題作ですね。
タイトル通り、アメリカの大統領選挙の話。サブタイトルの「正義を売った日」という言葉にも注目です。

大学の英語の授業でアメリカの選挙について少々学んでおいてよかった~(といってもその知識はかなり薄れていますが)



※以下ネタバレを含みます。ご注意ください。

大統領選挙、州ごとに選挙して代議員がどうのこうの……詳しいことはやっぱり頭から抜け落ちしてしまっていますが、まあ要するに大統領選挙にとってとても重要な火曜日、それがスーパー・チューズデーです(アメリカでは大統領選挙は火曜日に開催される)。

難しい話を抜きにしても、とにかく選挙の話だということがわかれば楽しめるはずです。
あとは最近話題になってたティーパーティのことなんか。
ジョージ・クルーニーが主役だと思って観に行きましたが、大統領候補モリス役ジョージ・クルーニーの補佐的な立ち位置に存在する、ライアン・ゴズリング演じるスティーブンの視点で物語は進んでいきます。
彼の立ち位置が非常に際どい。でも、核心に迫っていける。
敵対する候補プルマン氏の党員と密通したのがバレたり、インターンシップで来てる大学生モリーと寝たりして、やらなきゃいいことを平気でやっていきますね。

政治的な話は控えますが、モリスがモリーと寝て孕ませて、カトリックだから中絶できなくて、でも信仰を曲げてまでクリニックで中絶しうんぬんかんぬんという話はやはり近年のティーパーティの影響でしょうね。
モリーが「実は……」みたいに話し始めるところ、そういうティーパーティのことを前述の英語の授業で学んでいたので、すぐ感づいちゃいましたけどねー。
まあ、ここでそのことを考えることはしませんが。

で、ライアンがクビになり、ちょっと暴走し始めますが、モリスを脅して返り咲く。
上司をクビにし返したりして、そのあたりひどいなぁと思いましたが、これはこういうストーリーなのです。正義を売るというのはそういうこと。正すべきことを、利用して、己の正義心を売り払い、ただ地位や、あるいは金に執着するのだ。
モリスが演説で「高潔な政治を」というのが皮肉たっぷりに描かれている。政治の奥には、選挙の奥には、高潔などという言葉とは縁遠い汚い一面があるということを生々しく見せつけられますね。

ここから日本の政治はどうだということは言えません。
最近Twitter上で消費税増税の法案可決を受けて政治ツイートが乱発していますが、公務員を目指す身としては乗っかれませんよ。

あと今日の今夜はヒストリーで、幕末~明治初期の話を観たのですが、当時の人達の政治や社会貢献は本当にすごくて、それが今の日本はどうだよ……(´・ω・`)とか思っちゃいましたがね……。

この作品を観て、ライアン・ゴズリングが好きになりました。
すぐ後に『Drive』も観たので、ライアン2本立てでしたが、かなりいい俳優ですね。気に入りました。
好きな俳優はキアヌ・リーヴスぐらいだったのですが、増えました。よかったです。

とはいえ、やはり話は難解なところがある。
アメリカ人にとって大統領選挙は誰もが参加するし、もう自分たちの人生のうちの一部分と化してしまっているようなところもあって(生活をよりよく変えるためのチャンスなんだから当たり前)、この辺りが日本人がこの作品を観るにあたって難しく感じてしまう部分なのかもしれません。
日本人の若者は全然選挙行かないでしょ。ふざけんなって思うよ。55歳以上の投票率はほぼ80%超えてる。でも30歳までの人は半分超えるか超えないかぐらい。そりゃ、政策も投票しねぇ若者の雇用対策なんかよりも、投票してくれるおっちゃんから高齢者の人たちの、定年後の再雇用に向いちゃうっていうわけ。誰でもわかりそうなことだけど、そんなことそっちのけでぎゃあぎゃあ喚いている若者のなんと多いことか(いや、あくまでも体感だから実際的にはそんなにいないかもしれないけどね)。
まあ、政治のことはあまり詳しく言えない立場にありますが、最近は特にひどいよね。消費税だけじゃなくて、数年前からいろいろ税金上がってるでしょう。「減税して消費を促進する」っていうのは確かに俺も政治経済で習った。公務員試験勉強の政治学や経済学でももちろん習った。それも専門対策ではなく、教養政治・教養経済で。
誰が間違ってるとかじゃないけど、明らかにオカシイ方向に向いていることだけはわかる。

アメリカのティーパーティ問題も大概クソでさ、一人の大学生が立ち上がって、いろいろ取材しまくった映像をその英語の授業中に観たんだけど、どいつもこいつも政治のことを知らないで文句言ってるんだよね。
だから俺も奴らと変わらないのかもしれない。
書かないって言ったのに、書いちゃってるし、文句言ってるしさ。
デモに参加できないのが残念だけど、あんまりデモ起きてる情報も聞かないし、政府も国民もどうなっちゃってるのかねー、今の日本は。

テキトーに書いてるだけなので穴だらけだから、突っ込みたい人は突っ込んでください。

しかし、こんな泥臭い作品を観たのは久々でした。
最後にスティーブンのインタビューが始まるか始まらないかのところで終わるんだけど、あそこでスティーブンはキレイ事をぬかしたのか、それとも真実を語って離反したのかはわからないようになっています。
どちらもあり得る展開ですね。大統領候補を脅してまで奪還した自分の“地位”と死んだモリーに対する“良心”(あるいは復讐心)を天秤にかけるような展開。
モリーの遺書とか、そもそもなんでモリーは死ななければならなかったのかとか……いろいろ考えちゃいますけどね。
でもあれは自殺ではないので(自殺だとしたら解雇され暴走するスティーブンへ諫めるような電話を直前にかけてる意味が通らない)、そういう宗教を重んじる問題とか、州法とか、そういったあらゆる「軋み」に対しての糾弾(自由主義か保守主義かはもはや個人の問題かもしれない)と、そういう汚い選挙・汚い政治が回りまわって結果殺してしまった犠牲者であるという見方もできますね。

エンドロールで、頭の中もロールしていました。
DVD化されたら、もう一度観てみようかなぁ。今度はちゃんと、整理して観たい。一回観ただけじゃたぶんわからないのかもしれませんね。

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