2010年7月3日

クローン病(Crohn's Disease)

クローン病に関するまとめ記事

<僕の病状>
[病変]
・小腸末端部にいくつかの断続的な潰瘍
・発病してから数年(具体的には3年(2010年7月現在))の初期段階

[症状]
・不定期の腹痛(昼時、就寝時に起こりやすい。朝はまったくなし)
・不定期の下痢
・立ちくらみ(貧血による)

[服用薬]
・ペンタサ錠500mg(朝食、夕食後3錠ずつ)
・エレンタール(80gを250mlの水に溶かし、フレーバーを入れ、1日2回に分けて飲む)

[その他備考]
・まったく予期せず下血が起こる場合がある
・入院経験2回




クローン病(CD)とは、口腔(口の中)から肛門に至るまで断続的に炎症および潰瘍を起こす原因不明の病気です。
潰瘍性大腸炎(UC)とともに、炎症性腸疾患(IBD)に分類され、厚生労働省より特定疾患に指定されています。

保健所に特定疾患の申請用紙を提出すると、県から公費負担医療として認められ、お金がもらえます。

1932年にニューヨーク大学のマウントサイナイ病院の内科医ブリル・バーナード・クローン先生たちによって発見されました。

人によって症状がまったく違うので、同じ炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎の知識でクローン病のことを語ろうとする人がたまにいますが、まったく違う病気なので一概に同じ疾患として一般化することはできません。
逆もまた然りです。

ものすごい腹痛を伴うので、お腹を押さえながら苦しそうに歩いている人を見かけたら、変な目で見ないでほしいです。
以下僕自身の病状について体験も交えつつ。



僕の場合は小腸型で、発病したのが高校3年生(17歳)の2007年7月20日ごろ。
夏休みに入ってすぐの時期でした。

朝起きたらなんとなくお腹が痛いので、何事かと思って起きようと思ったとたんに腹痛激化。
起き上がることも、動くことも、声を上げることさえできず、さながら金縛りにでも遭ったかのようにベッドの上で身動きもとれず、ただただ腹の中を刃物で切り裂かれるような激痛に耐えていました。

原因不明の腹痛と闘う夏休みの始まりです。
朝だけではなく、突発的にものすごくお腹が痛くなり、食事もろくに食べられず、イスに座ることさえつらく、とにかく横になっているしかない状況でした。

夏休みが終わると10キロ痩せ、体重は46キロでした。
高校の友達に話したらめちゃくちゃ驚かれましたが、中学からの友達に常にそれぐらいの体重の男がいたので、僕としては逆に痩せられてラッキーみたいな気分でしたが、やはり毎日の腹痛はつらいものでした。

夏休み中に一度大腸内視鏡検査を受けました。
「ニフレック」というアクエリアスと味の素を混ぜたような味のする下剤2リットルの話はもういいですかね。

結果は原因不明。
医者もなんだかよくわからず、ストレス性胃酸過多とか、過敏性大腸炎とか適当なことを言われました。

まあ一時的なものだったのかなと思い、そして実際冬頃になると痛みも頻発しないようになってきました。
高校卒業、そして大学入学課題の卒論という一大ストレスが大きな原因だと思ったのです。

大学1年次と2年次も時々軽い痛みはあるものの、あのとき感じたような痛みはありませんでした。
ですが、大学2年の終わりごろにかけて少しずつ激しい痛みを感じるようになってきました。

コンビニの夜勤アルバイトを始めたこともあって、ストレスや不摂生が徐々に溜まっていたのが大きな原因かと思うのですが、ついに来る2010年3月31日、下血。

何かひどい下痢が立て続けに起こっているなあとなんとなしに便器を見たら、そこには真っ赤な血がどぷんと溜まっていました。

ひどく驚きましたが、まあ朝になったら治ってるだろうと楽天思考を働かせてしまい、しばらく横になっていました。

ですがその次の下血の際、トイレに入ろうとしたら貧血によりぶっ倒れてしまい、気絶。
数分間トイレの前の廊下で寝ていて、「おれはなんでこんな寒い廊下なんかで寝ているんだ?」とぼけーっとしたまま、まあいいかとそのまましばらく宙を見つめていました。
仰向けに倒れたので尻を打ったらしく、ひどく痛かったです。

Twitterでだらだらつぶやいていたら、さすがに友達や他のフォロワーの方から「救急車呼べ」というコメントをいただいたので、救急車を呼ぶことに。
小学6年生のときに右ひざをガラス窓に突っ込んで合計11針縫ったとき以来の救急車です。

正確な時間は覚えていません。
夜の10時ごろから下血があったと思います。
気絶したのは午前2時ごろだったでしょうか。
救急車を呼んだのは午前4時ごろ……?

救急隊員の方々がぞろぞろとやってきて、僕の顔があまりに青白かったらしくびっくりされていました。
「エレベーターのない2階の部屋だから、少しは歩いてもらおうかなと考えていたけど、君の顔を見たらそんな考えが吹き飛んだ」とあとで救急隊員の方に言われました。

何か変なイスみたいな担架に乗せられて、吐き気に耐えつつ救急車にのると、午前6時まで受け入れ先の病院が見つからず待機するという拷問がありました。

結果田園調布の病院に行き、処置を受け、4月5日まで入院。
本当は6日まで入院する予定だったのですが、授業が6日から始まるということで、無理をいって外泊退院という形にしてもらいました。

入院中にバイトをやめました。
退院して数週間後に大腸内視鏡検査。
小腸末端部に潰瘍性の腫瘍があることがついに発覚しました。

小腸内視鏡のできる病院が横浜にしかないということで、診察を受けに行き、検査入院もすることに。

その検査入院をする当日。
再度下血。

救急車を呼ぶも、県をまたぐ搬送は長距離搬送になってムリと言われたので、救急車辞退。
救急車を辞退するという旨の書類にサインをしました。

親は直接病院に行くことになっていたのですが来てくれて、タクシーで行きました。
そのままニフレックを飲んで検査。
夕方頃に始まって、終わったのが夜中の11時らしい。
薬で寝ていたので、そんなに時間がかかったとは知りませんでした。

結果、クローン病と診断。
発病してから実に3年。
病名がわかりました。

病名がわかってほっとした反面、クローン病は原因不明の不治の病だと調べて知っていたので、そのショックは大きかったです。

4,000~5,000人に1人の病気だということ、食事制限があるということ、社会での偏見や就労問題もあることなどを知り、ひどく悲しくなりました。

今のところ僕の病気に対して理解を示してくれる友達はたったの1人しかいません。

他の人は「大変だねぇ」と形だけの心配をするか、笑い話にしてしまうかのどちらかです。
「クローン病(Crohn's Disease)」という「クローン人間(The Crone)」に似た名称からか、真摯に受け止めてもらえないのも事実です。

炎症性腸疾患と言えばいいのでしょうが、それでは潰瘍性大腸炎と混同することになってしまうので嫌です。
小腸の病気、小腸の潰瘍とでも言えばまあいいのでしょうか。

病気による腹痛や食事制限(栄養療法)がつらいのも事実なのですが、それ以上に理解を示してくれる人が少ないというのがなによりもつらいです。
高校からの友達で、今もバンドを組んでいる人たちからは「突然痛くなるんだろ? やべぇな! わはははは」「お前とそっくりな人でもできるの!?」などと笑い話にされてしまいました。

僕はそれに合わせて同じように笑うしかなく、怒ったところで関係が悪化するだけで、無理やり病気の知識を得てもらうことなどできません。

かつて日本では結核がプロレタリア文学の重要な要素となったように、僕も今現代のプロレタリア文学の中に入ってしまったかのような錯覚を覚えています。
炎症性腸疾患の方々の就労問題が深刻化してきている中、政府は何も対応しようとしません。
病気だけに限らず、先日のマツダの事件(派遣3年→期間工8日→クビ→派遣というループ)のような雇用問題も大変なこととなってきているのに、新聞やテレビはワールドカップと野球賭博問題に浮かれ、それらの問題をまるで報道しようとはせず、政府はバカみたいに口を揃えて「消費税アップ!」……。

僕は病気を理由にクビにされるのはたまらないので、公務員を目指すことにしました。
もちろんそれが一番の理由ではありませんが、こんな政府と社会情勢ならば、立派な理由になるはずです。

病気をカミングアウトするのにも勇気がいりますし、カミングアウトしたらやはり珍しい病気なので説明を求められてしまいます。
僕はいま、どうやったらシンプルに他人に自分の病気について知ってもらえるかということを考えています。
たとえ知っている病気であっても、人によって病状が違うのであればその知識はあまり役に立ちませんから。

この体験談を通して言いたかったことは、クローン病がどんな病気かを知ってもらうことでも、就労問題や雇用問題の糾弾でも、憐憫の情を求めているわけでもありません。

やっぱり、健康は何よりも大事です。
そしてどんな病人であっても、病人の方々は常に苦しんでいます。

それをわかってもらいたいです。
形式上の心配や、笑い話になんか、してもらいたくないです。



長くなってしまいましたが、以上です。
読んでくださった方ありがとうございました。

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